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DATE: 2007/07/31(火)   CATEGORY: 日記・メモ
Let's Go ! 西行寺
*この記事は東方の設定に触れながら弘川寺に行ってきたことを報告したものです。そこのところ、ご容赦を。

タイトルに意味はなく。お寺巡り行ってきました。
今回は弘川寺。読み方は「ヒロカワデラ」。
ヒロカワと聞いてピンとくる東方厨もいるはず。幽々子様のスペカ「ヒロカワオブリポジトリ」に出てくる名前ですね。
「ここ行けば作者が設定に使った元ネタでもあるんじゃね!」そう考えて突撃してきました。おそらく聖地巡礼とは言わない

道中、気になったものがあったので寄り道。
070731_092518.jpg

↑相変わらず携帯の画像で失礼

入り口が全然立派じゃないのに、入ってみると山とくっついていて、賽銭箱の奥に階段があるじゃないですか。
掃除中のおばさんに聞いてみると「どうぞ、上にご本堂がありますから、見て行ってください」と言われてほいほいご参拝。
肝心のご本堂が対して立派じゃなかったけど、景色は良かった。

それから自転車で走ること1時間30分ほど。念願の弘川寺へ!
070731_110054.jpg

道中、坂がありえんとです。エンジンを積んだ乗り物が欲しくなります。山奥だからしょうがない。
まずはご参拝から。それから、記念撮影。
070731_111412.jpg

↑弘川寺の本堂。屋根中央の丸くなった部分に日本の建築芸術の素晴らしさを感じた。いやらしい。

さて、この弘川寺。あの「歌」で有名な西行法師が亡くなった地とされているとこです。(当時、西行法師のことを歌聖と謳われていた。ちなみに幽々子様のお父上も同じ呼ばれ方されていた設定)
西行法師は死ぬ前に一つ歌を歌い、西行塚の傍で眠ったとしたそうです。

弘川寺、案内板より転載
「願はくは 花のもとにて 春死なむ そのきさらぎの 望月(もちづき)の」

きさらぎは春、旧陰暦で2月のこと。望月は満月(十五夜)のこと。つまり俺の解釈だと「春の満月の日、花のもとで死なせて欲しい」と西行法師は言ったということ、なのかな。文系目指すくせに俳句が読めない……。

本堂参拝のあと、わき道から西行のお墓があるということで見てきました。
お墓のそばにまた一句ありましたが、字が芸術的すぎて読めない。
その西行塚を拝んで、傍にまた別の墓がありました。似雲(じうん)というお坊さんの墓でした。
このお坊さん、西行の死後彼を慕ってこの地へやってきて、西行塚を発見。それから西行堂と西行墳というものを建ててこの地に桜を千本植えたとか。

お寺を一回りしたので、隣にある「西行資料館・枯山水」と看板のあるところへ。
行ったところ、筆を握るおばあさんがいました。資料館は春と秋にしか公開されていないようでした。¥300払って枯山水の景色見てきましたよ。建物にお邪魔して。見て鳥肌が立った。やはり、日本の造園技術は素晴らしい。このとき俺はテンションが高かった。何せ、幽々子様が住まうお屋敷白玉楼にも枯山水がどうっていう設定があったから。

まあそんなことはともかく、おばあさんに「ここの寺の入り口に鳥居がないのは何故?」という寝ぼけたことを質問して、少ししゃべってた。(鳥居があるのは神社、神宮等神様を祭る場所にあるもの。ここはお寺なので、仏様がいる場所。だから寺の入り口に鳥居を構えることはない)
おばあさんから聞くに、安土桃山時代からの建物が残ってるとか(おばあさんに聞くと鼠の間というものがあるらしい。それが大層立派だとか)、この寺が戦の炎に焼かれたりしたけど木々が寺を守ったとか。
素直に関心しちゃう知識の持ち主でした。さすがはお年寄り。物知りでいらっしゃる。
「熱心ですねぇ。どうしてこちらへお越しになったんですか?」と聞かれて「少し興味があったので」と答えた。東方と関係あるかもしれないから、とは言えない。というか、俺が寺巡りするのは興味心からなので別段、間違ってはいないよ。

おばあさんと喋ってて歴史的なこと聞かれたら「わからない」としか言えないので少しビクビクしてました。
しかし住職さんを見なかったなぁ……。

続きは東方の設定に触れた話なので、スルーしても問題ない。
さて、ここから東方の設定考察のターン。
幽々子様が西行妖を発動させるきっかけになった本に書いてある「富士見」という言葉は案内板などで発見することができませんでした。おそらくこれは東方作が作ったもの。そもそも西行法師に娘がどうこうなんて知らないです。
白玉楼にたくさんの桜があるというのは、似雲が千本の桜を植えたところから来たに違いない。
幽々子の肉体が桜の木の下に埋められたのは西行法師の歌の解釈によるものでは、と考えてみる。「花のもとにて 春死なむ」西行法師は桜の木の下ではありませんが、この俳句の解釈によっては西行法師が桜の木の下に埋められたとも見えるであろう。花のもとをそのまま解釈すればおわかりかと。では、ここでもう一つピックアップした「春死なむ」はどういう意味か。春に死ぬということだが、春を物としてみればいかがだろう。春が無いから死ぬ、とも見れないだろうか? 春、つまり妖々夢に出てきた春度を集めれば幽々子が復活する。このことと結びつけることができるのではないだろうか。かなり強引な理論だけど。

以上、東方厨の戯言。
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